2023年8月〜9月コスタリカ訪問記 その7:生物回廊のシステムと機能、都市間生物回廊、そこから見えてくる「コスタリカ哲学」

朝、今回の調査旅行で一部コーディネートを請け負っていただいたアルマンド・モラ氏にモラビアにお招きいただきました。モラビアは首都サンホセの中心部からバスで30分ほど北東に行ったところにある、静かな郊外都市です。

まずは市庁舎へ。ほとんど顔パスでセキュリティを通り、庁舎内のさまざまなセクションを軽く見させていただきました。

内部撮影も即座に、かつほぼ無条件に御許可をいただきました。

職員の方も気さくに写真撮影に応じてくれます。

たまたま副市長さんがいらっしゃったので、ご挨拶して10分ほど雑談を交わしました。

こういうところに、コスタリカの古き良き平和主義と自由主義、民主主義を感じます。

本当に合間時間の雑談程度だったのですが、モラビア市で独自におこなっている平和・非暴力・環境教育についてご説明いただいたり、平和主義はコスタリカ人のイデオロギーであるといった話をお聞きしたりしました。

その後、モラビア市の分所を訪れ、同市職員で環境担当官を務めるダニエル・バルケロ・キロス氏と1時間以上にわたって、長めのインタビュー時間をいただきました。これがこの日のスケジュールのメインです。

バルケロ氏は溢れかえらんばかりの熱意を持って、生物回廊全体のシステムの話から、実際に自分が担当している生物回廊地域の話までおよそ1時間半にわたって、息継ぎもしないほどの勢いで語り尽くしてくれました。

説明に使ったホワイトボードは、さまざまな地域や用語の解説で満たされています。

以下は、この時バルケロ氏から聞き取った話の概略です。

国家プロジェクトレベルでの生物回廊建設計画やその実現に際するバルケロ氏の話と、先日の国家保全区域庁(SINAC)のチャバリア氏の話と総合すると、生物回廊の物理的な「作り方」に関して、一定の統一的な方法論があることが浮かび上がってきました。

第一に、「パッチ」の創出とその接続という方法論の重要性が強調されることです。

第二に、パッチの設置場所として川の流域を重視することも共通しています。

第三に、ターゲットとなる生物種を設定することです。

たとえば、ロス・サントス生物回廊においてその軸となる生物種はケツァールです。コロラド・トルトゥゲーロ生物回廊では主にジャガーなどですが、「けもみち」の範囲においてパッチを作る軸となる生物種はフタユビナマケモノです。

上の写真は「なまけものの通りみち」の空撮です。赤線で囲った場所が、現在私たちが植林している箇所になります。これが「パッチ」です。

制度的には、最上部に環境エネルギー省(MINAE)があり、その一部署として国家保全区域庁(SINAC)があります。

その建設実現に際しては、地域委員会Comité localが設立されます。

MINAEもしくはSINACの担当者以外は任意の有志が参加することになっているので、やる気のある人がいる場所では生物回廊の建設が積極的に進められ、そうでない地域には遅々として進まないというシステムになっています。

つまり、生物回廊は国家レベルの政策であり、その実施はローカルなボランティアによって構成されるという点が挙げられます。

地域委員会では、その執行委員機関として代表委員会Juntaが構成されます。

資金など活動資源に関しては、MINAEやSINACは実行部隊である地域委員会に対して基本的には提供しません。地域委員会のメンバーたちの「手弁当」「持ち寄り」で活動します。

コスタリカの生物回廊国家計画においては、生物回廊には3つのカテゴリーがあります。自然生物回廊、沿岸海洋生物回廊、そして都市間生物回廊です。

自然生物回廊は基本的に陸地で、既存の保全区とそれをつなぐ回廊から構成されます。

都市間生物回廊の難しさは、すでに人間活動が排他的かつ活発である都市部やその周縁部において、さらにその郊外にある保護区との接続性と、都市間の接続性をいかに確保していくかというところにあります。

従って、都市間生物回廊に関しては、特に都市部における自然資源の供給確保や環境汚染の低減化などといったテーマがより深刻にかつ中核をなすものとして大きな意味を持ちます。

このように、生物回廊国家計画には、いくつかの共通した戦略軸と戦術的方法論があることがわかります。

そもそもコスタリカにおけるこの「生物回廊」のアイデアの発祥はいったいどこに見られるのでしょうか。意外なことに、それは中米全体を連なる「ジャガーの道」プロジェクトが発端だったとバルケロ氏は証言しています。

実際、ジャガーの道(正式名称=「メソアメリカ生物回廊Corredor Biológico Mesoamericano=CBM」)構想は1970年代に生まれました。

CBMが実現に至ったのは、各国の政府間で合意に達した1997年のことです。

しかしながら、逆に国際関係的事情によって、各国をつなぐ生物回廊プロジェクトは全体としては遅々として進まないという逆説的な現状もあります。

そのような中でコスタリカでは、国レベル・地域レベルで生物回廊を部分的につくりながら、それを広げ、接続していくことで全体としての生物回廊につなげていくという戦略をとることになりました。

ボランタリーベースの地域委員会が公的性格を持つものとして機能しうる前提として、コスタリカ哲学の共有(後述)があります。

国内のみのものであれ、国際的な性格をもつものであれ、生物回廊における共通の鍵となる概念は「接続性」conectividadです。

2022年12月に締結された昆明ーモントリオール生物多様性枠組においても、接続性という言葉はキーワードとして多用されています。

このように、そもそも大きな全体像を描くことから始まった生物回廊ですが、実際にはまず最小パーツをつくり、それらをつなげて拡大していくという逆のアプローチに転換しました。

バルケロ氏が担当しているモラビア市を含む生物回廊は、パラー・トヨパン都市間生物回廊と呼ばれます。

都市間生物回廊は、都市における人間活動を考慮に入れるため、私たちの「なまけものの通りみち」を含むコロラド・トルトゥゲーロ生物回廊などとは根本的なあり方が違います。

つまり、モラビア市の一部を含む、首都圏を取り囲む高地の水源保全がこの都市間生物回廊建設における重要課題として挙げられています。

ちなみに、この生物回廊の名前の由来である「パラー」というのは、この地の水源で最も上流に位置する川のひとつ。「トヨパン」は、かつてこの地に住んでいた先住民族たちがつけた地域名です。

近年ではプロジェクトの発展に伴って、この都市間生物回廊でも生物種の軸としてすべての種類の鳥類が据えられるようになってきています。

MINAEやSINACはそれらの特徴に合わせつつ、国家政策としての統合性を保つ管理監督を行ないます。

バルケロ氏によるこのような解説を聞くにつけ、私たちコスタリカ社会科学研究所が外部機関としてけもみちに関わる重要性をより強く認識させられました。

生物回廊の第一のキーワードは「接続性」conectividadですが、都市間生物回廊は都市部の水源確保という面で、単なる生態系の接続性以上の意味合いを持っています。

水源確保と生物多様性保全のため、この地域で重要視されているのが、土地利用のあり方です。

接続性の上位概念としての相互接続性interconectividadに関しては、パラー・トヨパン生物回廊の北端におけるブラウリオ・カリージョ国立公園との接続がこれに該当します。

19世紀には、実際にそこをつなぐ「道」がありました。そしてそれは、コスタリカがはじめてヨーロッパにコーヒーを輸出した時の搬出路でもあったのです。

下の写真は、生物回廊の端からブラウリオ・カリージョ国立公園方面を撮影したものです。

ここで、たまたまこの日私が連れていっていただいたパラー・トヨパン生物回廊があるモラビア市と、その前日に私自身が訪れた「なまけものの通りみち」までがひとつながりとなりました。

さて、都市間生物回廊とはいえ、その範囲は都市部に限定されているものではありません。

パラー・トヨパン都市間生物回廊では特にバードカウントに力を入れており、年に2回行われています。一回に350人もの市民が参加する一大イベントとなっています。

さらには、バードカウントはコスタリカ全体の生物多様性のマッピングにも貢献しています。

市民科学と学術界の協業として、カメラトラップの設置があります。

ところで、自治体の環境部門は、実に多くの業務を取り扱います。

そのような活動内容に関しては、生物回廊のウェブサイトにも自治体のウェブサイトにも掲載されていて、誰でもそれらの情報にアクセスできるようになっています。

ただ、業務があまりに多岐に渡るため、近いうちにモラビア市は担当職員を増員することになっています。それでもたった2人しかいないのですが、これだけのことが実現されていることが、コスタリカならではだと私は思います。

さらに、自治体職員がコミュニティの環境に配慮した地元住民の生活や経済活動の実践に関わることで、ルーラル(地域)ツーリズムやアグロ(農業)ツーリズムなど、あらたな地域産業の後押しの効果も得られています。

都市間生物回廊における自治体の役割としてもうひとつ鍵になるのが、各自治体間の連携です。パラー・トヨパン生物回廊は4つの自治体にまたがっています。

また、そういった異なる自治体間の協働の成功例は、さらなる他の自治体との協働にもよい影響を及ぼします。

加えて、都市部にだけ意識が向いているのではなく、バルケロ氏はパラー・トヨパン地域が接続する山間部にも思いを馳せています。

副市長との懇談とバルケロ氏とのインタビューはテーマがまったく違うものだったのですが、そのいちばん奥底で共通するものを見出すことができます。

それは、「コスタリカ人に特有の、共有されたある価値観群」です。私はそれを「コスタリカ哲学」と名付けました。

よく知られている通り、コスタリカ人たちは「プラ・ビダpura vida」というフレーズを多用します。

このフレーズがコスタリカ哲学のひとつの表象として「あらゆる場面で出てくる」こと自体、①コスタリカ哲学が「複数の横断的テーマ」を包含すること②それらのテーマが相互連関性して「統合性」を保っていること③その「統合的・横断的テーマ群」が多くのコスタリカ人に共有されていることを示しています。

いずれにしても、「プラ・ビダ」という言葉は、コスタリカ哲学の「表象」のひとつにすぎません。コスタリカ哲学は、ありとあらゆる場面で彼らの発言や行動の中に現れます。

ありとあらゆる末端(現場)の業務や活動が、平和と環境の基礎的「コスタリカ哲学」につながっていることが、話の随所から見て取れます。

コスタリカ哲学が含む各概念=価値観自体は、少なくとも言葉上はそんなに難しいものではありません。

つまり、コスタリカ哲学最大の特徴は、その「統合性」です。

統合性が「コスタリカ哲学」を貫く「性質」だとするならば、同じようにそれを貫く「概念的基軸」は、いうまでもなく「平和」です。

もちろん、ここでいう「平和」は軍事的要素を含みません。コスタリカ哲学における「平和」の定義は「終わりなき闘いlucha sin fin」です。

それはたとえば教育というシーンであったり、環境保護というシーンであったり、農園主の開発計画であったりという中で、生物回廊の建設というシーンでも見られるというわけです。

ですから、生物回廊のシステムや実際の各アクターの活動の表面的な部分だけを観察しても、「なぜコスタリカではそれがうまくいくのか」という謎までは解明できません。私は四半世紀以上に渡って、このコスタリカ哲学の全容解明を試みてきました。今回の調査旅行はその研究に大きな進展をもたらしてくれました。

そしてこれこそが、コスタリカが「他国と違う部分」なのです。

毎度のことではありますが、今回の調査でもそれが一層浮き彫りになりました。

長くなりましたが、これでようやく生物回廊に関する現地調査報告は終了です。

ーーー参考文献ーーー

注1:"Mesoamerican Biological Corridor: The Legal Framework for Integrated, Regional System of Protected Areas", Thomas T. Andrews, Sustainable Development Law & Policy, 2003

注2:"Corredor Biológico Centroamericano", José Luis Jr. Sarria, 1999

注3:La Amistad International Park

注4:Programa Nacional de Corredores Biológicos

注5:"La República 2023/11/28 Pura vida ahora forma parte del diccionario de la RAE"

その他:

・SINAC生物回廊公式ウェブサイト

https://www.sinac.go.cr/ES/correbiolo/Paginas/default.aspx

・生物回廊国家プログラム公式ウェブサイト

https://biocorredores.org/corredoresbiologicos/programa-nacional-de-corredores-biologicos

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